チャプレン Cafe 第1弾!「いのちのケア」イベント

 

【チャプレン Cafe 第1弾!「いのちのケア」イベント】
Steveが代表を務める「自分らしく、より良く生きる」に関わる様々な分野の学びを深める「あぁゆるプロジェクト」が共催イベントに参加しました💡

Steveのマインドフルネス・エクササイズの通訳もさせていただきました💡

このイベントでは、死に際に寄り添うということをされている臨床宗教師の先生のお話を聞かせていただきました。(臨床宗教師とは、終末期にある人に宗教の立場から心理面での寄り添いを行う宗教者)

ギリギリの死に際で、死について考え、寄り添って頂けるこのシステムは日本ではまだ始まったばかりのようです。昔は自宅で死を迎える人が多く、この仕事はお坊さんが枕経としてされていたようです。

臨床宗教師という制度は始まったばかりで、全国でも146人しかいないらしく、おまけに被災地や医療機関、福祉施設などの公共空間でのみしか、心のケアを提供できないということもわかりました。

ということは、在宅ケアで自宅で亡くなる方はこのシステムが利用できないし、ましてや、全国でもまだまだ人数が足りないという状況なので、

お話を聞いていて、生きているうちから死について、恐れではなく、よい見方を養っていれば、もっと楽でいいのでは?と思いが強くなりました。あくまでも私個人の意見ですが。

さらに、ヨガを通して、自分自身も死について、もっとプラスな見方を養おうと思いました。

ヨガスートラとは、古代から現代に受け継がれているヨガの経典ですが、そこで、悟りに至るのに障害(妨げ)になる5つの事柄があり、その中に「死への恐怖」があります。

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障害とは、無知、自我意識、欲望、嫌悪、そして死への恐怖である。
(YS 2:3)
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他の精神世界の本を読んでも、「死を忌み嫌い遠ざけるもの」ではなく、むしろ、死は、この重くて手入れが必要で不便な肉体という乗り物から魂が解放され、この上ない喜びにあふれたものだと、たくさんの本に書いてあります。魂が色々な「経験」をするために、この重くて不便な肉体に入るのは、肉体を通してしか、「経験」できないからだそう💡魂の目的が達成された時に、肉体を捨ててこの世を去っていく=死・・・

それが本当かどうかわからないけれど、そう信じた方が、私にとっては気持ちが楽になります。若いうちからヨガ目線で、死に対する心構えや、気持ちが少しでもラクになれるイメージを養って行くことが大事だと、さらに感じました。これから、ここ自然の英語工房でのヨガクラスを通して、自分なりの目線をさらにシェアしていきたいです。

死に直接関わったことが、ほとんど皆無で、死に関する知識も少ない、とても未熟な私が今の時点で思う、人が死を恐れる理由は、下記のことかな?と思います。
・未練(やってないことがある、遺していくものに後ろ髪を引かれる、何かに執着している)
・この世から消え去る恐怖
・死に行く際の、心身両方の痛み、苦しみ

そして、これは偶然なんですが、このイベントの前日の「葉隠」についての講演会でも、死の捉え方のお話がありました。武士道の「死に狂い」という、自分はもうすでに死んでいる、いつ死んでもいいという、そういう心構えで敵と立ち向かえば、1人で10人倒せるくらいのすごいパワーが出るというようなお話でした。

土曜日曜と、どちらの講演会でも、通じるところがあるなと思った、死についてさらに考える週末でした

私自身は、いつでもこの世からサヨナラでも良いように、毎日を生きるようにしてます。死を意識することで、今、与えられた貴重な毎日を、精一杯思い切り自分らしく生きることができるから。それも私の日々の修行のうちの一つにしています。そうすれば、言い訳なしに自分にもっとなれる気がするからです。

もしかしたら明日はない、
今日が人生最後の日でも悔いがないように、(スティーブ・ジョブスも言ってましたね)
思い切り、自分らしく、自分のハートが連れて行ってくれるフィーリングに乗っかって、今を生きたいです!

(そがんこと、でくっわけなかー❗️とか、なかなかね〜⤵️って声が聞こてきそうですが・・・本当に、人生いつ終わっか、わからんですよ💡

 

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